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山口地方裁判所 平成6年(行ウ)4号 判決 1998年5月26日

山口県下松市旗岡三丁目六番五―一〇二号

原告

田中健仁

右訴訟代理人弁護士

吉川五男

中村覚

山口県徳山市今宿町二―三五

被告

徳山税務署長 片場宣昭

右指定代理人

内藤裕之

小山稔

藤井敏法

藤井隆弘

吉岡隼夫

横山良一

主文

一  原告の各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

(原告)

一  被告が、平成四年七月三日付けでなした、

1 原告の平成元年分の所得税に対する更正処分(ただし、平成六年四月二七日付け国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、総所得金額一七一万四二三一円、納付すべき税額一〇万一〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分

2 原告の平成二年分の所得税に対する更正処分(ただし、平成四年一一月三〇日付け徳山税務署長の異議決定により一部取り消された後のもの。)のうち、総所得金額一二九万四七〇九円、納付すべき税額五万六八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分

3 原告の平成三年分の所得税に対する更正処分のうち、総所得金額一六七万六一二四円、納付すべき税額九万三一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を、いずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二事案の概要及び争点

一  概要

本件は、原告が、被告のなした平成元年ないし平成三年分(以下、「本件各係争年分」という。)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、平成元年分及び平成二年分については、いずれも一部取り消された後のもの。)に、いずれも原告の総所得金額を過大に認定した違法があるとして、右各処分の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実(証拠を掲記していないのは、前者である。)

1  原告は、肩書地記載の山口県下松市旗岡三丁目六番五―一〇二号(以下、「原告方」という。)において、木造建築工事業を営む、いわゆる白色申告者である。

2  処分の経緯

(一) 原告は、本件各係争年分の各所得税について、別紙1の各課税処分等経過表(以下、「別紙1」と略す。)の各年度分の各確定申告欄記載のとおり、被告に対し、各法定申告期限内にそれぞれ確定申告を行い、うち、平成元年分については、平成二年八月七日、別紙1の平成元年分の修正申告欄記載のとおりに、修正申告を行った。

(二) 被告は、平成四年七月三日付けで、別紙1の各年度分の各更正等欄記載のとおりに、各更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ行った(以下、これらの各処分をまとめて「本件各処分」という。)。

(三) 原告は、本件各処分につき、平成四年八月三一日、被告に対し、各異議申立てを行ったところ、同年一一月三〇日付けで、別紙1の平成二年分の異議決定欄記載のとおり、同年分所得税の更正処分及び過少申告加算税処分の各一部を取り消し、その余については棄却する旨の異議決定がなされた。

(四) 原告は、平成四年一二月二一日、国税不服審判所長に対し、別紙1の各年分の各審査請求欄記載のとおりの審査請求をなしたところ、平成六年四月二七日付けで、別紙1の平成元年分の審査裁決欄に記載のとおり、同年分所得税の更正処分及び過少申告加算税処分の各一部を取り消し、その余については、棄却する旨の裁決がなされた。

3  本件各処分において、被告は、原告の本件各係争年分の各所得金額につき、実額によるのではなく、所得税法一五六条に規定する「推計による更正又は決定」の方法によって算出し(以下、「本件各推計」という。)、その各算出額を基礎として、本件各処分を行った(乙一七及び一八並びに証人岡良文及び同戸田哲弘)。

三  争点

1  本件の争点は、

<1> 本件各推計における必要性の存否、

<2> 本件各推計における合理性の存否、

<3> 原告の本件各係争年分の各所得金額につき、原告は、直接資料により、事実の右各所得を実額で立証することができたか(いわゆる実額反証)

というところにある。

2  争点に係る当事者の主張

(争点<1>について)

(一) 被告

(1) 税務調査の経緯

ア 被告は、原告の本件各係争年分の各確定申告について、各確定申告書添付の収支内訳書のそれぞれの記載内容に不十分なところがあり、また、それまで、原告の所へ調査に行っていないということもあったので、原告が右に記載した各事業所得金額が正しいかどうかを確認するため、被告所部係官岡良文(以下、「岡」という。)に原告の所得税調査を実施させることとした。

イ 平成四年四月三日午後一時五〇分ころ、岡は、佐野上席調査官と共に、原告方に赴いたが、原告が不在であったことから、応対に出た原告の妻田中洋子(以下、「洋子」という。)に対し、本件各係争年分に係る各所得税及び消費税調査のため臨場した旨を告げた。しかし、洋子において、原告の事業につき詳しく知らない旨申し立てたので、岡は、所得税(消費税を含む。)調査に臨場した旨、平成四年四月六日午後二時に再び臨場したいので在宅願いたい旨等を記載した連絡票を原告に渡すように洋子に依頼し、原告方を辞去した。

ウ 平成四年四月六日午前八時四〇分ころ、洋子から岡にかかってきた電話で、同日予定されていた調査の延期をされたいとの申し入れがあったので、同月八日午後二時に調査期日を変更することで両者は合意した。

エ 岡は、平成四年四月八日午後二時ころ、原告方に臨場し、原告に身分証明書を提示して、本件各係争年分に係る各所得税及び消費税調査のため臨場した旨を告げたところ、原告において、「申告はしておるじゃろう。内容も出しとるじゃろう。」と申し立てたので、原告に対し、申告内容を確認するため、その基礎とした帳簿書類の提示を要請した。これに対して、原告は、「そんなものはないいね。」、「申告が済めば捨てるぃね。」と申し立てたので、岡は、さらに、請求書や領収書の各控え及び契約書等の保存の有無について確認したが、原告は、それらにつき、いずれも保存していない旨申し立て、結局、帳簿書類等を何ら提示しなかった。

かくして、岡は、差し当たり、原告から、事業内容及び記帳方法等について概括的に聴取するほかないため、原告に対し、右の点を尋ねるなどした上で、再度、確定申告に関する書類の提示を要請したが、原告は、やはり、「ないよ。まあ、仕入先とかを調べてみぃね。」と申し立てたのみであった。

以上のことから、岡は、右のような状態では原告の保存する資料に基づく調査ができないのではないかと懸念したが、それでも、原告に、書類等が出てきたら係官まで連絡するよう申し渡し、原告方を辞去したところ、この間、約四五分くらいのやり取りであった。

オ 岡は、平成四年四月一四日から、原告の取引先を調査することとし、まず、原告の仕入先である末石木材株式会社(以下、「末石木材」という。)へ臨場し、原告との取引金額を確認すると共に、現場名を把握することに努めた。

その際、岡は、末石木材の事務所で原告に出会ったが、原告から、右調査につき抗議されたことはなく、かえって、「私がおったらやりにくいじゃろうから帰る。よう調べてぇや。」と告げられたことから、原告において、帳簿書類を保存していないため、自己の取引先を調査するなどの方法により、その取引内容を被告が独自に調査することを是認する態度を示したものと判断した。

カ 岡は、平成四年六月二四日午後四時一五分ころ、原告に帳簿書類の提示意思の有無を確認し、右意思がない場合に調査結果を説明するために原告方へ赴いたが、原告は不在であった。岡は、翌二五日午後一時ころ、原告からの電話を受けたため、原告に、再度、帳簿書類の保存の有無を確認したところ、原告において、帳簿書類の提示要請に応じる意思がないことを明確にしたので、それまでの調査結果を告げ、修正申告をするよう求めたところ、翌二六日、原告は、これから書類をそろえて調べてみるので一、二週間待ってほしい旨申し立てた。

キ 被告は、平成四年七月三日、原告から修正申告書の提出がなかったため、本件各処分を行った。

(2) 以上のように、岡は、原告に対し、前記(1)掲記の各調査場面で帳簿書類等の提示を求めたが、原告において、帳簿書類等を保存していない旨申し立ててこれを提示する等の協力をしないことから、原告の所得金額を実額により計算することができず、そのため、被告としては、やむを得ず、本件各推計により算定した各金額に基づき本件各処分を行ったものであるから、本件各推計については、その必要性が存していたものである。

(二) 原告

(1) 前記(一)(1)掲記の各調査において、原告は、建築材料の仕入先を岡に告げ、そこから原告の工事先を把握させ、反面調査により売上実額の把握を可能にさせている。しかも、原告は、領収書等、原告の経費実額を証する資料を保存していたことから、右各調査の段階で適切な質問がなされていれば、これらを当然明らかにしていたにもかかわらず、岡において、経費実額につき原告に質問したことはなかったのである。

すなわち、被告には、最初から経費実額を調査して把握するつもりは全くなく、原告の収入金額を反面調査で把握しさえすれば、後は同業者比率方式で経費推計をすればよいという考えの下に調査を行い、本件各推計に基づく課税をなしたものである。

(2) ところで、所得税につき、推計課税が是認されるのは、実額が把握できないやむを得ない事情があった場合に限られるところ、本件各推計はその必要性を欠くものである。

(争点<2>について)

(一) 被告

(1) 本件各推計の経過

ア 被告は、原告の取引先を調査して、別紙2収入金額の内訳表記載のとおりの各収入金額を把握した。

イ 広島国税局長は、原告の類似同業者を抽出するため、原告の業種、業態、事業規模に合致する以下の各条件を設定して、原告の納税地を管轄する徳山税務署長並びに隣接する防府及び光各税務署長にあてて通達を発し、右各条件のすべての基準を満たす者を抽出するように指示した。

<1> 本件各係争年分を通じて、各所得税の確定申告につき、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

<2> 本件各係争年分を通じて、木造建築工事業を継続して営み、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者

<3> 主として、建築主から、新築、増改築の工事を直接請け負っている者

<4> 自動カンナ盤等の木材加工用機械を使用している者

<5> 事業に係る収入金額が、本件各係争年分において、いずれも次の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の各収入金額の約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

平成元年分 一七八九万三〇〇〇円以上七一五六万八〇〇〇円以下

平成二年分 一一七三万五〇〇〇円以上四六九三万八〇〇〇円以下

平成三年分 一二〇三万二〇〇〇円以上四八一二万四〇〇〇円以下

<6> 従業員数(事業主を含む。)が、本件各係争年分とも二名ないし六名で、そのうちに、現場作業補助者として従事している青色申告事業専従者一名が含まれている者

<7> 本件各係争年分の各所得税について、更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの訴訟が継続していない者

ウ 右通達に従い、右各税務署長からの報告により抽出された類似同業者は四名であり、その各収入金額及び経費の額は別紙3の各類似同業者の所得率表記載のとおりであったことから、被告は、かかる類似同業者の所得率を平均して、別紙4原告の事業所得の金額の算出経過表記載のとおり原告の各所得を算出した。

エ 以上の経過により、原告の本件各係争年分に係る各事業所得の金額は、平成元年分が九〇一万二八五二円、平成二年分が六〇〇万七五二六円、平成三年分が五七八万六二二四円となり、いずれも本件各更正処分に係る各事業所得の金額を上回っているから、その範囲内で行われた本件各更正処分は適法である。

(2) 本件各推計の合理性

本件各推計において被告が採用した同業者比率による推計方法は、同種の事業を営み、その業態及び事業規模が類似している者の間においては、所得率等も同程度であるのが通常であるという経験則から、これに係る同業者の平均値を適用して調査対象者の所得金額を認定する方法であるところ、この推計方法にあっては、以下のごとく、同業者の抽出基準、同業者の抽出過程、同業者の選定件数及び同業者率の内容についての合理性の有無が判断されなければらない。

ア 類似同業者の抽出基準

<1> 原告は、主として、建築主から新築、増改築等の工事を直接請け負っている木造建築工事業者であり、他の建築業者からの下請けを主体とする業者及び労務の提供を主体とする業者とは取引形態が異なることから、「主として、建築主から新築、増改築等の工事を直接請け負っている者」という条件を付した。

<2> 被告は、原告が自動カンナ盤等の木材加工用機械を所有していることを確認しているところ、設置されている機械設備の規模や内容は、収入の多寡にある程度影響を与えると考え、これらを使用している原告と業態の類似した同業者を抽出するため、「自動カンナ盤等の木材加工用機械を使用している者」という条件を付した。

<3> 原告と事業規模の近似した同業者を抽出するため、基礎数値(収入金額)につき、当該選定基準として広く用いられているところの倍半基準(原告の各数値の二分の一以上、二倍以下の範囲内という基準)を設定し、その範囲内にある同業者を選定した。

<4> 被告は、原告のような個人事業者が営む木造建築工事業においては、従業員の作業能力、すなわち、従業員数が、当該事業の作業量、ひいては収入金額を決定づける重要な要素のひとつであることから、原告と同程度の事業規模と認められる従業員数を確保している類似同業者を選定することとし、原告の従業員が、事業主である原告を含め三名であることから、これの倍半基準により、「事業主を含む従業員数が二名から六名の範囲内にある同業者」を選定することにした。

ところが、原告の従業員のうちには、原告の長男が含まれているところ、同人は、技術的にはいまだ現場作業補助者という程度であって、高度の熟練した技術を有する者と同視することができないと認められたので、「現場作業補助者として従事している青色事業専従者一名が含まれている者」という限定的な条件を付加した。

すなわち、原告は、いわゆる白色申告者であるが、同業者選定に当たっては、いわゆる青色申告者を選定する関係で、白色申告者では、原告の長男のように原告と生計を一にする親族に係る事業専従者に支払われる給与等について、必要経費に算入できない(所得税法五六条)のに対し、青色申告ではこれを必要経費に算入できる結果(同法五七条一項)、本件の類似同業者比率算出のためには、事業専従者の給与等を必要経費として控除する前の所得金額として所得率を算出しなければならないが、かかる事業専従者が、熟練度の高い家族従業員に依存している同業者の所得率は、一般にこれを他人労賃に依存している者の所得率より高率となるため、これによるときは、原告に不利となることから、原告の事業形態に合わせるように、右の限定的条件を付与したのである。

<5> 資料の正確性

被告は、資料の正確性を担保するための条件として、各税務署管内において木造建築工事業を営む個人のうち、本件各係争年分の各所得税の確定申告において、青色申告の承認を受け、青色申告書を提出している者で、かつ、本件各係争年分を通じた期間の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した者及び更正又は決定がなされている場合にはそれに対する不服申立てのおそれがあるなど所得金額等に争いの余地のある者を除き、右各年分を通じて営業を行っているという条件を満たす者を選定した。

イ 類似同業者の抽出過程

原告の類似同業者の抽出過程は、前記(1)イ及びウに各掲記したとおりであるから、選定された類似同業者は、機械的に抽出され、そこに恣意が介在する余地はない。

ウ 類似同業者の選定件数

抽出された類似同業者数は四名であるところ、これは、類似同業者の個別性を平均化するに十分足りるものである。

エ 類似同業者率の内容

原告は白色申告者であり、類似同業者は青色申告者であるから、類似同業者の事業金額から青色申告者に認められている特典項目を除外し、また、減価償却の計算についても、減価償却の方法のうち、定率法、割増償却、特別償却については、いずれも税務署長に届出があって初めて適用があるところ、原告の場合は右届出がなされてないことから、類似同業者においても、右方法によらない定額法及び普通償却によって計算することとした。

(二) 原告

(1) 類似同業者の抽出基準について

ア 被告は、原告の収入金額から倍半基準を用いて、その範囲内にある者を抽出しているが、右倍半基準には合理性が認められない。倍半基準を用いた場合、年商には約四倍の隔たりが出てくる訳であるから、営業の質が異なってしまい、経費率も大いに異なる。特に、建築業関係は、零細な業者になる程、棟梁たる大工職人の営業態度、技術能力、外注業者との対応等、事業主の個性が前面に出てくるものであり、倍半基準を無批判に前提とすべきでない。

また、被告は、倍半基準の適用に当たり、本件各係争年分三年間すべてにおいて倍半基準を満たす業者を抽出しているが、原告のごとく、年間、新築一から二軒、増改築工事数軒の受注を受ける零細業者の年度毎の受注高の変動は、全く個別的な偶然の事情によって左右されるものであり、類似同業者の選定においても、三年間とも倍半基準を満たしている者、すなわち、原告と同様の受注高の増減をした者しか選定の対象者となすべきでないとの基準を定立することは、全くの偶然的な要因による受注高の同一変動を示した者のみを選定対象に選ぶものである。

イ また、事業主を含む従業員数が二名から六名の者という従業員数基準も、全く合理性がない。

大工職人を六名有する建築業者は、同時進行的に二つから三つの建築現場を持って事業を遂行することができる業者であり、年商が倍半基準に該当する四、五〇〇〇万円ということはほとんど考えられない。なぜならば、六名もの大工職人を抱えて年商四、五〇〇〇万円では、人件費が年商の半分以上になり、すぐに倒産することは明白であるからである。

ウ しかも、自動カンナ盤等の木材加工用機械を使用している業者という基準も全く無意味な基準である。今時の建築業者で自動カンナ盤等の木材加工機械を使用していない業者などは、ほとんど存在しない。

エ さらに、現場作業補助者として従事している青色専従者一名が含まれている者という基準については、大工職人の現場作業に、それを補助して作業する妻らがいるという要素が、なぜにそれ程、決定的な選定要素とされなければならないのか、全く合理的な根拠はない。

手元作業を細々と手伝う程度の人員がいることで、建築作業が質的、飛躍的に向上するものではなく、売上や経費の内容にそれ程の影響を与えるものではないので、建築業者にとっては、右のような人員がいても、その収益性が左右されることはほどんどない。

(2) 被告は、通達により類似同業者を選定したところ、その過程に恣意は存しないと主張する。しかし、被告担当者の岡が最初に行った選定においては、類似同業者を抽出した過程で、青色申告をしている個人事業者のうち、木造建築工事業を営んでいる業者が徳山税務署管内で一〇〇名程度、防府税務署管内で三〇名前後あったが、収入金額に係る倍半基準に該当する業者は、徳山税務署管内で二〇名前後、防府税務署管内で五名程度であり、最後に、施主から直接に請け負う形態の業者という条件を当てはめると、右各税務署管内でそれぞれ二名ずつになったというごとく、施主から直接請け負う業者という絞りにより、選定の対象が、徳山税務署管内では一〇パーセントに、防府税務署管内では四〇パーセントに、それぞれ減ったというものであって、著しく経験則に反するものである。また、岡の選定基準では、現場作業補助者として従事している青色専従者一名が含まれている者という基準を定立していないのに、後になした通達において右基準を加えているにもかかわらず、やはり同一の四業者が選定されているように、現場作業補助者として従事している青色専従者一名が含まれている者という比較的希有な基準につき、これがあってもなくても選定された業者が同じということは、統計的にはあり得ない程の偶然の結果だというほかはない。

以上により、通達による類似同業者の選定結果につき、極めて信用性に疑いを抱かせるものである。

(3) 徳山及び光各税務署管内において、平成三年度に倍半基準の上限以下の年商の業者は、一〇〇業者以上もあったが、その中から、選定基準に合致した業者は、徳山税務署管内で二業者にすぎず、光税務署管内ではこれがなかったというものであって、このように二パーセントにも満たない業者のみを選定したということからすると、これらによって原告の経費を推計するのは何ら合理的根拠を有しないものである。

(争点<3>について)

(一) 原告

(1) 原告の主張する本件各係争年度に係る原告の各収入金額及び必要経費の金額(内訳は、別紙5の各税込合計残高試算表(損益計算書)のとおり。)は、以下のとおりである

ア 収入金額

平成元年度 三四〇一万九三五〇円

平成二年度 二三四六万九三〇〇円

平成三年度 二三三〇万一一四〇円

イ 必要経費

平成元年度 三二三二万四六七四円

平成二年度 二一七〇万四五九一円

平成三年度 二三一一万一七四二円

(2)ア 原告の収入につき、原告は、有限会社赤岸設計から以外の分については、施主から直接受注を受ける業者であるので、被告において、反面調査を行い、原告から仕入先を聞き、材料仕入先への調査により材料搬入先である施主を把握し、施主への反面調査をすべて行っていることにより、直接受注についてはすべて把握しているし、手間請けについても、有限会社赤岸設計からの分が一部存するが、これも、被告は漏れなく調査している。

したがって、被告の右調査により、原告の収入は、捕捉漏れのない状態で把握されたものである。

イ 次に、経費であるが、この場合、すべての経費が、その関連性も含め完全に立証されなくても、立証された経費額の総額が推計による経費総額を上回ることになれば、その上回った金額については実額反証がその部分において成功したことになる。そして、本件においては、領収書や仕入代金等につき、これが架空でないことは被告の調査により明確になっているのであるから、これらの明確な書証をもって、推計による経費総額を上回る実額経費の存在することが立証されている。

(3) また、実額反証の立証の程度としては、白色申告者の事業実態に即した立証負担を課するに留めるべきである。

すなわち、白色申告者は、一般的に零細な事業者であり、整備された会計帳簿を備えていないのが一般的である。よって、青色申告者と違い、白色申告者が備えるべき帳簿等は、決して複式簿記によることが義務付けられているものではなく、当該年度の所得が合理的に把握できる程度の記帳、資料等が存在すればよいと解するべきである。

(二) 被告

(1) 所得税法二七条は、「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする」旨規定しているところ、実額反証によって推計課税の合理性を争う原告は、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉漏れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで完全に主張、立証しなければならないものであって、原告が主張する収入金額及び必要経費の金額を、ある程度合理的に推測させる立証を行っただけでは不十分と言うべきである。

(2)ア 原告の各収入金額について、原告は、被告が主張する各金額とおおむね同額である旨主張しているところ、これは、被告が、反面調査によって、原告の各収入金額を漏れなく把握したことを前提としている。しかし、被告が主張する右各金額は、あくまでも、原告にはその金額を下らない各収入金額があったというものにすぎず、被告の反面調査等によって把握し得る原告の各収入金額の範囲にはおのずから限界があるところ、原告が否認していた各収入金額を結局認めざるを得なくなったことや、原告が主張する各収入金額に関しては、原告の記憶に基づく部分が多いことに照らしても、これらについては、なお相当の捕捉漏れがあることも十分予想されるのである。

イ また、原告は、各経費についても実額による主張をし、その立証のため各領収書を提出している。しかし、所得税法三七条一項に規定する事業所得における必要経費に該当するためには、当該事業について生じた費用であること、すなわち業務との関連性が認められなければならないとともに、業務の遂行上必要であることを要し、さらに、その必要性の判断においても、単に事業主の主観的判断のみによるのではなく、客観的に必要経費として認識できるものでなければならないと解されているのである。しかるに、原告の提出に係る各領収書からは、単に支払いの事実が推認されるだけにすぎず、これらによって、右各領収書に係る各支出につき、業務との関連性があってその遂行上必要であり、かつ、客観的に必要経費として認識できるものであることを立証したとは到底言い得ないものである。

第三当裁判所の判断

一  争点<1>について

1  乙第一七号証、証人岡の証言及び原告本人尋問の結果によれば(ただし、原告本人尋問の結果については、後記措信しない部分を除く。)、以下の各事実が認められる。

(一) 当時、徳山税務署において所得税の調査事務を担当していた国税調査官の岡は、平成四年四月三日午後一時五〇分ころ、佐野上席調査官と共に、原告方に赴いたが、原告が不在であったことから、応対に出た妻の洋子に対し、本件各係争年分に係る各所得税及び消費税調査のため臨場した旨を告げたところ、同女において、原告の事業につき詳しくは知らない旨申し立てたので、岡は、同月六日午後二時に再度臨場したい旨等を記載した連絡票を洋子に渡して、原告への連絡を依頼した。ところが、同月六日午前八時四〇分ころ、洋子から岡に対し、原告の都合が悪いので、同日の調査を延期されたい旨の電話があり、そこで、両者は、同月八日午後二時に調査期日を変更することで合意した。

(二) 岡は、平成四年四月八日午後二時ころ、佐野上席調査官と共に、再び原告方に赴き、身分証明書を提示して、原告に対し、本件各係争年分に係る各所得税及び消費税調査のため臨場した旨を告げ、帳簿書類の提示を要請したが、原告は、「帳簿はつけていない。帳簿はない。」旨申し立て、また、「帳簿については、申告が済めば捨てる。」旨をも申し立てた。このため、岡は、原告に対し、「平成三年分の書類だけでもないか。」と尋ねたが、これについてもないという答えだったので、請求書や領収書の各控え及び契約書等の保存の有無について更に尋ねたが、原告の答えは、「いずれも保存していない。」というものであり、何ら関係帳簿書類等の提示はなされなかった。

そこで、岡は、原告の事業内容を尋ねることにし、原告に対し、工事の具体的内容や主な取引先、取引銀行などにつき質問したところ、原告も、これらの質問には回答に応じ、原告の業態は、主に、個人からの一般住宅(一戸建て)の木造建築が主体で、その仕事がないときには手間仕事も行うことがあること、主な収入先は有限会社赤岸設計で、主な仕入先は末石木材、徳沢木材株式会社及び大原木材であること、主な取引銀行は、山口銀行下松支店であること、従業員は忙しい時に雇うこと、家族構成は、原告、妻、長男及び長女であり、このうち、長男は、事業専従者であるが、仕事内容は見習い程度であること、機械は、作業場に自動カンナ盤等を設置し、車両は、軽トラックと普通車を保有していることなどを述べた。

次いで、岡は、原告に、再度、確定申告に関する書類の提示を要請したが、やはり原告はないと答えるのみであるので、今度は、所得金額の計算方法を尋ねたところ、原告は、「収入先は少ないからすぐにわかるし、仕入等は領収書を合計して計算する。」旨答えたが、領収書の存在については否定した。右のやり取りを経て、岡は、取引先を調査することになると説明したところ、原告は仕入先などを調べてみるように言った。

また、岡は、原告に対し、収入金額の計上時期についても質問したが、原告は、これについてもよくわからないと回答したので、岡は、最後に、原告に対し、書類等が出てきたら連絡するよう依頼して、原告方を辞去した。

なお、この間、岡と佐野上席調査官が原告方にいたのは約四五分くらいのことであった。

(三) 岡は、平成四年四月一四日、原告の取引先への反面調査に着手し、末石木材へ赴いたところ、同事務所で原告に出会ったが、原告から、右調査につき抗議されたようなことはなく、かえって、よく調べて欲しい旨を告げられた。

(四) 岡は、右反面調査の結果把握した原告の各収入金額を基礎にして、本件各推計により、本件各係争年分に係るその各所得金額を算出したところ、それぞれの申告が過少であると判断したため、そのことを説明すべく、平成四年六月二四日午後四時一五分ころ、原告方へ赴いたが、原告は不在であったことから、「本日午後四時一五分ころ、原告の所得税(消費税を含む)の調査のことで伺った。六月二六日午後五時までに連絡されたい。」旨を記載した連絡票を差し置いて引き上げた。そうしたところ、翌二五日午後一時ころ、岡は、原告から電話を受けたので、原告に対し、帳簿書類の保存の有無を再度確認したが、原告の応答は、従前と同様に帳簿書類はないと言うことのみであったため、右調査結果を告げ、修正申告をするよう求めたところ、原告は、「調査内容を説明してもらわないと納得できない。明日税務署に出向く。」旨を申し立てたので、岡もそれを了承した。

(五) 翌二六日午後一時三〇分ころ、岡は、佐野上席調査官と共に、徳山税務署において、原告と面談し、その際、原告に対し、「原告が帳簿書類を保存、提示しないため、確認できる範囲で調査した。」旨説明したところ、原告から、「これから書類をそろえて調べてみるので一、二週間待ってほしい。」旨の要請があった。しかし、被告は、それを待つことなく、平成四年七月三日、本件各処分を行った。

(六) 原告は、本件各係争年分に係る帳簿書類を作成しておらず、したがって、原告が、本件各係争年分に係る各確定申告を行った際には、各領収書をまとめた上でノートに計算したものを、下松民主商工会の作成している自主計算書に記入する方法(甲一一〇ないし一一二)で行ったものである。

なお、原告の収入に係る各領収書控えの綴りは、原告において、本件訴訟が始まった後の平成八年四月か五月ころ、原告宅の押入れを探して発見したものである。

2(一)  これに対して、原告は、その本人尋問の結果中において、平成四年四月八日の調査の際に、岡から、請求書や領収書の各控え及び請負契約書等の保存の有無について尋ねられたことはなかったし、岡が、原告方を辞去するに際しても、書類等が出てきたら連絡するよう依頼することはなかった旨、乙第一七号証及び証人岡の証言と食い違った供述をなしている部分が存するので、以下検討する。

(二)  右乙第一七号証及び証人岡の証言内容は、同証言によれば、岡において、本件税務調査当時作成していた原告とのやり取りの状況を記載したメモを基にしたものであるところ、その内容は、右やり取りにおける原告の発言部分につき、「全くないぃね。」などといった方言による会話体で録取されていることが認められるので(なお、原告は、その本人尋問の結果中においても、「それは分かりますいね。」(第一九回口頭弁論期日における原告本人尋問調書六一項)、「のくときがあるいね。」(同一〇〇項)、「そうですかいね。」(同一二八項)等、右やり取りの際の原告の発言と共通する言葉遣いをしているところ、このことからすれば、岡が右メモに残した原告の言葉遣いと右原告本人尋問の結果中のそれとは同じ方言によるものと認められるのであり、したがって、このことは、右メモの信用性を裏付ける事情と言える。)、具体性があって信用性を肯定し得ること、本件全証拠によるも、本件税務調査が、これ以外の意図を持ってなされたとは認められないところ、同税務調査に着手した岡とすれば、原告が各確定申告の基礎とした資料に関心があるわけであるから、帳簿書類がないという回答があれば、次に請求書や領収書の各控えといった原始資料の有無を原告に確認するのは、その職責上当然のことと解されること、前記1(二)で認定したとおり、当日、岡が原告に質問等をしていた時間は約四五分間であったところ、この間に、岡が、右原始資料の有無について何ら言及していないとは考え難いこと、以上の諸点が指摘されることからして、前記1で認定した各事実に反する前記(一)掲記の原告本人尋問の結果中の供述部分は措信できず、採用できない。

3  そこで、本件各推計の必要性について検討する。

申告納税制度の下では、課税所得の計算は、本来実額によって計算されるべきものであるが、納税者が、帳簿書類を備え付けておらず、収入、支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、備え付けてはいるが、その帳簿書類の内容が不正確で信頼性に乏しい場合、あるいは、納税者が税務調査に協力しないため直接資料が入手できない場合等の理由により、税務署長が実額によってその所得金額を明らかにできない場合には、例外的に、各種の間接的資料を用いて所得金額を認定するいわゆる推計の方法を利用して課税することが認められている(所得税法一五六条)。

本件においては、前記1(二)で認定したとおり、原告は、平成四年四月八日の税務調査の際、岡に対し、「帳簿書類は作成していない。領収書の控え等の原始資料についても保存していない。」旨述べて、それらの提示要請には応じられないとの態度を示す一方で、仕入先を調査して収入を把握するように申し向けたものであり、右事情からすれば、被告において、右時点で、原告から帳簿書類や領収書等の原始資料の提出は期待できないと考えて反面調査に着手したことは相当であると言える。しかも、原告は、右税務調査の際、原始資料が発見されれば、被告に連絡するよう岡から依頼されていたにもかかわらず、結局、右原始資料についても一切提出しなかった事情からすれば、被告は、本件税務調査当時、納税者たる原告の帳簿書類やその原始資料の不提出により、収入、支出の状況を直接裏付ける資料が入手できないため、実額によって原告の本件各係争年分に係る各所得金額を明らかにできない状況にあったと認められる。

したがって、本件においては、本件各推計の必要性が存したものと言うことができる。

二  争点<2>について

1  前記第二、二1における当事者間に争いのない事実に加えるに、乙第一号証、第二ないし第五号証の各一ないし三、第六、七号証の各一、二、第八号証の一ないし二五、第九号証の一ないし三、第一〇号証、第一二号証の一ないし三、第一八号証、証人戸田哲弘の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件各係争年当時、原告は、主として、個人の建築主から直接に一般住宅の木造建築を請け負っているが、一般住宅の仕事がないときには手間仕事を行うこともある木造建築工事業を営む白色申告者であり、従業員を一名常用しているほかに原告の長男も事業専従者としているが、その仕事内容は見習い程度であること、原告の所有する事業用の機械は、その作業場に設置されている木材加工用の自動カンナ盤等であること、原告については、確定申告の際の必要経費中の減価償却計算において、定率法、割増償却及び特別償却の方法を採ることができない者であったこと並びに前記第二、三2(争点<2>について)(一)(1)アないしエ(ただし、右エのうち、本件各更正処分は適法であるとの部分を除く。)に掲記した各事実が、それぞれ認められる。

2  そこで、右に認定した各事実に基づき、以下、本件各推計の合理性を検討する。

(一) 類似同業者抽出基準の合理性について

(1) 被告が用いた前記第二、三2(争点<2>について)(一)(1)イ<1>ないし<7>の各抽出基準(以下、「本件各抽出基準」という。)のうち、<1>本件各係争分を通じて、各所得税の確定申告につき、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者、あるいは、<7>本件各係争年分の各所得税について、更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの訴訟が継続していない者という各基準は、いずれも本件各推計における資料の正確性を担保するための基準であり、合理的である。

(2) 本件各抽出基準のうち、<2>本件各係争年分を通じて、木造建築工事業を継続して営み、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者及び<3>主として、建築主から、新築、増改築の工事を直接請け負っている者という各基準については、原告は、個人の建築主から直接に一般住宅の木造建築を請け負うのが主体で、一般住宅の仕事がないときには、手間仕事を行うこともある者であるから、右各基準も合理的である。

(3) 本件各抽出基準のうち、<4>自動カンナ盤等の木材加工用機械を使用している者という基準も、原告において、自動カンナ盤等の木材加工用機械を所有しているものであるから、基準として合理的と言うを妨げないと解される。

なお、今時の建築業者で自動カンナ盤等の木材加工機械を使用していない業者などはほとんど存在せず、全く無意味な基準である旨の原告の主張については、この基準が無意味であるというのならば、これがない場合と同じに帰するだけにすぎず、類似同業者を選定するに当たり、その合理性を欠く要因にまではならないと思料されるので、原告の右主張は失当である。

(4)ア 本件各抽出基準のうち、<5>事業に係る収入金額が、倍半基準を満たしている者という基準は、類似の同業者を抽出する基準として、本件の場合を含め一般に合理的と認められる。

イ これに対し、原告は、前記第二、三2(争点<2>について)(二)(1)アのごとく、倍半基準を用いた場合、年商には約四倍の隔たりが出てくるので営業の質が異なってしまうと主張する。しかし、原告は、建築業者において、かかる年商の隔たりがでた場合、どのように営業の質が異なるのかについて具体的に主張、立証していないことから、倍半基準の一般的な合理性に疑いを抱かせるものではないので、原告の右主張は失当である。

また、建築業関係では、零細な業者になる程、事業主の個性が前面に出てくるから、倍半基準を無批判に前提とすべきでない旨の原告の主張についても、乙第二ないし第四号証の各一ないし三によれば、類似同業者の所得率は、二一パーセント台から三〇パーセント台の範囲に収まっており、しかも、おおむね、二六パーセント台から二八パーセント台の間に集中していることが認められるのであり、このことからみると、原告が主張する程の事業者の個性による所得の偏差は見られないと言うべきあるから、原告の右主張も失当である。

ウ さらに、原告は、本件各係争年分三年間すべてにおいて倍半基準を満たす同業者を抽出していることは合理性がない旨も主張する(前記第二、三2(争点<2>について)(二)(1)(ア))。しかし、類似同業者は、三年間を通じて倍半基準内の収入があればよいのであるから、原告主張のように、原告の収入と同様の収入の変動を示す必要はないし、かかる基準にすることで、一年ごとに倍半基準を満たすものを抽出するよりも、より類似性の高い同業者を抽出することができると考えられるから、合理性が認められ、原告の右主張も失当である。

(5) 本件各抽出基準のうち、<6>従業員数(事業主を含む。)が、本件各係争年分とも二名ないし六名で、そのうちに現場作業補助者として従事している青色申告事業専従者一名が含まれている者という基準については、まず、二名ないし六名という部分につき、前記第三、二1で認定したところから、原告の従業員数が原告を含め三名であると認められることを前提にした倍半基準によるところ、前記同2(一)(4)で検討したように、既に倍半基準によることには合理性が認められるので、やはり、この従業員数に係る部分も合理的と言える。

次に、右基準のうち、現場作業補助者として従事している青色申告事業専従者一名が含まれている者という部分につき、原告は、合理的根拠がない旨主張する。しかし、前記1で認定したところによれば、原告の長男は事業専従者ではあるが、見習い程度の仕事しかできないのであるから、その状況に合致した基準と解される。すなわち、白色申告者では、事業専従者の給与等を必要経費に算入することができない(所得税法五六条)ので、事業専従者が含まれているか否かによって、収入に対する必要経費の割合に大きく影響するものと考えられるし、その事業専従者が、見習い程度か否かということも、仮に、それが熟練工であった場合には、その給与等も見習い程度の者に比べて当然に多額となると考えられるから、これが必要経費に算入されないとすれば、当該多額の給与が所得の中に入ってしまい、必然的に所得率を上昇させてしまう結果、その所得率に大きく影響を与えてくるのである。

かくして、原告の事業形態に合わせるために右基準を設けたことは合理的と言うべきである。

(二) 類似同業者の抽出過程について

(1) この点については、広島国税局長から、前記第二、三2(争点<2>について)(一)(1)イに掲記した条件を設定して、原告の納税地を管轄する徳山税務署長並びに近接した防府及び光の各税務署長あてに通達を発し、これに対する右各税務署長からの報告により抽出されたすべての者を類似同業者として採用したものであるところ、右通達(乙一)を見ても、原告を特定するような記載はないし、その報告(乙二ないし四の各一ないし三)も機械的になされていることが認められるので、右抽出過程に恣意は介在しておらず、したがって、その合理性も認められるところである。

(2)ア これに対して、原告は、前記第二、三2(争点<2>について)(二)(2)に掲記したごとく、類似同業者の抽出過程において、恣意が介在しているのではないかとの趣旨の主張をするので、以下検討する。

イ まず、証人岡の証言及び弁論の全趣旨によれば、岡が行った類似同業者抽出過程において、施主から直接請け負う形態という条件によって、この条件に当てはまる業者が激減したことについては、一般に、事業規模の大きい事業者の方が、施主から直接請け負う形態で事業を行っている場合が多い反面、零細な事業者ほど、建築業者の下請けを主に行っている場合が多いと考えられるところ、前記第三、二1で認定したごとく、原告の事業規模は、常用一名、見習い程度の事業専従者一名程度で、その収入も、被告が把握したところでは、年間二三〇〇万円から三六〇〇万円程度の比較的零細なものであるところ、類似同業者についても、かかる比較的零細規模の事業者が抽出されていることが認められる。したがって、右類似同業者中に、施主から直接請け負う形態で事業を行っている事業者の数が極端に少ないからといって、そのことのみで、これが著しく経験則に反するとまで言うことはできない。

また、現場作業補助者として従事している青色申告事業専従者一名が含まれている者という基準を加えても加えなくても、同じ業者が抽出されているという点についても、全くあり得ない事態ではない。

かくして、原告の指摘するところをもって、右通達あるいは報告に恣意が介在したと疑わせるに足る事情とはなり得ないと言うべきである。

(三) また、類似同業者数については、それが四名であっても、前記第三、二2(一)(4)イで認定したごとく、類似同業者のそれぞれの所得率は、二一パーセント台から三〇パーセント台までの間であり、とりわけ、それがおおむね二六パーセント台から二八パーセント台に集中していることに照らすと、それぞれの類似同業者の個性を平均化するのに妨げはないと言うべきである。

3  なお、別紙3の各類似同業者の所得率表記載の各経費は、乙第一号証によれば、必要経費のうち、青色申告者に限り認められている必要経費を除き、現場作業補助者として従事している青色事業専従者が二名以上の場合には、一人当たりの平均専従者給与額を算出し、当該金額に青色事業専従者の数から一を控除した数を乗じた金額を経費に加算することとし、減価償却費の計算については、定率法により計算し又は租税特別措置法の規定による割増償却及び特別償却を選択している場合には、その減価償却費の額は定額法により計算し又は割増償却及び特別償却を適用しないで計算したところの金額を用いて計算されていることが認められるところ、これは、原告が白色申告者で、減価償却の計算についても、定率法、割増償却及び特別償却の適用を受けない者であることを考慮して、類似同業者の経費の内容を原告のそれに合わせたものであり、合理性が認められる。

4  以上よれば、本件各推計の合理性は、これを肯定し得ると解される。

三  争点<3>について

1  所得税は、所得実額に課税されるのが原則であるから、原告が、その実額を証明した場合には、もはや推計による課税は許されないものと言うべきである。

ところで、所得税法二七条二項は、「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定することに鑑みれば、納税者において、所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された所得額が右実額と異なるとしてその違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致すること、すなわち、その主張する収入金額がすべての取引についての収入金額(総収入金額)であること及び必要経費が実際に支出され、かつ、当該事業年度と関連性を有することを立証しなければならないものと解される。

2  そこで、本件において、右の見地から、まず、原告の総収入金額についての立証がなされているか否かを検討する。

(一) この点につき、原告は、原前記第二、三2(争点<3>について)(一)(2)アに掲記したごとく、被告が反面調査によって把握した限りの収入実額を争わないので、これにより、原告の総収入金額はすべて捕捉されていると主張する。

しかしながら、反面調査にはおのずと限界があることからすれば、右調査によって把握される収入実額が原告の収入金額のすべてであるとは限らないものである。

現に、乙第一七号証及び証人岡の証言によれば、本件における反面調査は、岡において、当初、原告の主な仕入先である末石木材、徳沢木材株式会社及び大原木材に出向き、工事現場名を把握し、把握できた現場から収入先を把握して収入金額を把握するという方法でなされたことが認められるところ、乙第一五、一六号証の各一、二によれば、末石木材の売上明細書の中には工事場所名が記載されていないものもあり、捕捉漏れが推認されるのであって、このような事情をみると、これらの反面調査によって、原告の収入金額のすべてを把握したとするには疑問が残るところである。

したがって、原告において、反面調査により把握された収入金額が実際の収入金額のすべてであると主張しても、これによって、原告の収入金額につき、実額を立証したものとは言えないものである。

(二)(1) 次に、原告のその他の立証についてみるに、原告は、本件各係争年分に係る帳簿書類を備え付けておらず、結局、その収入金額の証明は、原告の記憶と、関係する領収書の控えによることになるので、それらの信用性について検討する。

(2) まず、原告は、その本人尋問の結果中において、「そう件数も多くないし、売上げは、自分が仕事をした所は大体覚えているから、金額も分かる。」旨供述しているが、他方、平成元年度の収入に係る落海勝男からの収入や、平成三年度の収入に係る有限会社日の丸印室からの収入については、当初、その収入を否認していたことにつき、原告の記憶違いであった旨をも供述しているのであるから、これらによると、原告の記憶は甚だ不正確としか言いようがなく、これによって、原告の収入金額が実額で立証される程の信用性はない。

(3) また、領収書の控えについては、原告は、その本人尋問の結果中で、「領収書はきちんと発行する。」旨を供述している。しかし、甲第一〇三号証の一ないし一〇、第一〇四号証の一ないし七、第一〇五号証の一ないし一三、第一〇六号証の一ないし一〇及び第一〇七号証の一ないし七並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の使用している領収書用紙は、それぞれ五〇枚綴りのもので、「ウケ―35」又は「ウケ―35N」という様式のものであることが認められるが、そのうちで、証拠として提出されている領収書の控えは、甲第一〇三号証の一の領収書綴りに関するものが九枚であり、その他の領収書綴りに関するものも、六枚、一二枚、九枚、六枚にすぎず、これによると、そのほかの大部分は証拠として提出されていないことになる。そうすると、本件で証拠として提出された右各領収書の控えが、本件各係争年分に係るもののすべてであるかどうか、きわめて疑問と言わなければならない。

なお、右の点につき、原告は、その本人尋問の結果中で、「書き損じが生ずるので破棄した。」旨供述するものの、くだんの枚数が、右提出に係る分に比して大量であることから、原告の右供述は、にわかに措信し難い上、右各領収書の控えには、落海勝男からの収入に係る分が含まれていないし、有限会社日の丸印室からの収入に係る領収書は、「ウケ―26」という様式のものが使用されている(乙一二の三)ことなどからみて、結局、当該各領収書の控えも、原告の収入金額の実額を証明するには足りないものと言うべきである。

3  以上より、原告の実額反証に関する主張は、その収入金額が実額によって立証されていないことから、既に失当と言わざるを得ない(ちなみに、原告は、経費についても、領収書、賃金台帳及び減価償却費計算書等の資料により実額の証明を試みているが、これらは、証人田上茂好の証言を含む本件全証拠に照らすも、いずれも収入と必要経費との対応関係が不分明なものであり、前記第三、三1で指摘した推計の違法性を基礎づけるものとはなし得ない。)。

四  如上検討したところによれば、本件において推計された原告の本件各係争年分に係る各事業所得の金額は、別紙4原告の事業所得の金額の算出経過表記載のとおり、平成元年分が九〇一万二八五二円、平成二年分が六〇〇万七五二六円、平成三年分が五七八万六二二四円となり、本件各更正処分に係る各事業所得の金額である、平成元年分八二八万七〇〇〇円、平成二年分五二八万一〇〇〇円、平成三年分四七〇万円をそれぞれ上回っているから、その範囲内で行われた本件各更正処分、ひいてはこれらを含む本件各処分は、いずれも適法である。

第四  以上の次第であるから、原告の本訴各請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日・平成九年一二月一六日)

(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 阿多麻子 裁判官澤田正彦は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 石村太郎)

(別紙1)

課税処分等経過表(平成元年分)

<省略>

課税処分等経過表(平成二年分)

<省略>

課税処分等経過表(平成三年分)

<省略>

収入金額の内訳表

<省略>

類似同業者の所得率表(平成元年分)

<省略>

類似同業者の所得率表(平成二年分)

<省略>

類似同業者の所得率表(平成三年分)

<省略>

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

(別紙5)

税込合計残高試算表【損益計算書】(H1)

<省略>

税込合計残高試算表【損益計算書】

<省略>

税込合計残高試算表【損益計算書】

<省略>

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